酒好きの馬主に呼ばれて、銀座のクラブで飲んでたんだ。
すると後から“絵に書いたような成金風の男”がやってきて、ドカっと真ん中に陣取りやがった。
若いのに馬主とはやたらと仲よさげにタメ口で話してる。
「こいつ、一体何者だ…」
俺たちが軽く会釈をすると男はこう言った。
「あんたらか、最近いろんなところで馬券師をスカウトしてるの。まあ俺のことを知らないようじゃまだまだだな」
偉そうな奴だが、こういうタイプは下手に出て持ち上げるに限ると思って、高級そうな時計やスーツを褒めちぎった。
すると思った通り出てくる出てくる100万馬券を獲っただなんだと武勇伝。
だが肝心なところは煙に巻く。
酔っても口が堅いやつってのは信用できる。轟のおやじはいつも言っていた。
結局朝まで飲み明かして、気づいたら俺らもかなり打ち解けていたんだ。
純と名乗るこの男、話していると不思議と楽しくなってしまい、気持ちよく会計まで払わされちまった。
「来週は凄いネタがあるぜ。連絡してくれよな」
最後にLINEを交換して解散した。
金曜日になり俺たちは言われた通りに純にLINEをした。
土曜の夜になってようやく返信がくる。
「明日の中山メイン、AJCCは1着シャケトラから流してみな」
おいおい、このレースは菊花賞で勝ったばかりのフィエールマンが出るやつじゃねぇか。それも屋根はルメール…。
鬼に金棒とはこのことだろう。フィエールマンのオッズは1倍台にまで下がっていた。
その上シャケトラは1年1ヶ月ぶりのレース。実力を測る材料が少なすぎる。
だが待てよ…、この馬を管理する角居調教師は、そもそも半年の調教停止処分が明けたばかりじゃねぇか。
さらに騎乗予定だった戸崎はインフルエンザで石橋に急遽乗り替わり?!
不自然なマイナス要素が重なり過ぎていて逆に怪しい。
普通じゃ絶対に買える訳がない馬券だが、そんな馬券を何度も獲ってきたのが俺たちだ。
シャケトラがフィエールマンに勝てる理由は見当たらなかったが、
「何かあるんだろう」
と俺たちは奴を信じることにした。
そして結果は…
レース直後、酒を奢るからと奴を呼び出したのは言うまでもないだろう。
高い酒ばかり飲みやがり、またしても会計はとんでもないことに。
だがこの出会いは俺らにとって、飲み代なんざどうでもよくなる程の値千金だったんだ。